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おばあちゃま、世界を翔ぶ
〜情熱とコンパッションの半生記〜

New York ビズ!にて連載中
Vol. 85

文楽のお話(1)

日本の文楽を外国に初めて紹介した時の話

筆者が手掛けた「文楽」の米国初公演

国際興業主として仕事をしている頃、日本の伝統文化をアメリカに初めて紹介する、ということをたくさんやってきました。歌舞伎を初めてアメリカに持ってきた時、公演は大成功でしたが、それはもう大変で、面白い裏話がたくさんあったので、このコラムの第2回でこのお話をしました。その後も狂言、お能など、様々な日本文化を紹介しましたが、歌舞伎の時にも負けないくらい大変だったのが「文楽」を持ってきた時でした。

文楽(ぶんらく)とは日本の伝統芸能「人形浄瑠璃文楽」の省略形で、浄瑠璃というスタイルの音楽劇を、お人形を使って上演します。お人形のサイズは結構大きくて、だいたい私達の上半身と同じくらいの大きさです。お人形の衣装や頭の飾りなどはとても精巧で美しく、それだけでも美術品として鑑賞したいような美しさがあります。

当時、NYでは誰も知らなかった

1973年の4月に私が初めて文楽をアメリカへ持ち込むまでは、全く知られていなかった、文楽の素晴らしさが西洋文化の中で少しずつ受け入れられ、その後、ヨーロッパなどへもたくさん公演に行ったようですが、ニューヨークで私がプロデュースした時はまだ誰も文楽のことを知りませんでした。

この時、文楽座には今井さんという方がいて、織物の大家で人間国宝だった私の祖父・龍村平蔵と今井さんがお友達だったので、今井さんからは何度も「文楽をアメリカに持ってきたい」という夢を伺っていました。しかし、アメリカではお人形を使ったものは「どうせ人形劇でしょ」と軽んじられてしまうので無理だと私は思っていて、ずっとお断りしていたのです。ですが、ある時、やはりこの文化は素晴らしい日本の伝統文化だから、頑張って持っていってみようか!と決意するに至り、実施することに決めたのでした。

大きな舞台の上に文楽用の舞台を作る

ところが、今思えば不思議なことに、この頃、私は何の金銭的援助を貰ったことがありませんでした。文楽側も、自分たちでは費用が出せない状況で、かつ、文楽の人間国宝の方を3人も連れてきたいとおっしゃるので、お金がかかってしまう。かかるお金を計算すると、小さい会場での公演だと採算があわないので、結局ミッドタウンのシティセンターという場所を借りて、そこの大きな舞台の上に文楽用の小さい舞台を作って公演することにしました。

記事にしないNYタイムズ

公演の準備が整い、宣伝する時期が来ましたが、ここで困ってしまいました。いつもは私の公演でたくさん記事を書いてくれるニューヨーク・タイムズや他の媒体が、一切この文楽公演のことを書いてくれないのです。

ニューヨーク・タイムズなど、電話を掛けて頼んでいるのに真面目に取り合ってくれません。「だって人間じゃないでしょ? 人形でしょ?」と言う返事…心配していた通りのことが起きました。

美術品のような人形を使った高度な内容の演劇という文化は、西洋にはありません。お人形を使うと聞いただけで、子供向けのぬいぐるみでやる人形劇を連想されてしまって、芸術ではなく子供向けのエンターテインメントと思い込んでしまうのです。何度電話をかけて、これは日本の伝統芸能で、大きな人形が美しい衣装を着ていて、3人もの大人が一つの人形を動かす何百年も続く高度な日本の芸術だと説明しても、「お人形だからね」と記事を書いてくれず、カレンダー欄でも演劇じゃなくて「その他もろもろ」の欄に載せられてしまいました。

分かってもらえない素晴らしさ

浄瑠璃が音楽として素晴らしいのは分かってもらえそうだから、音楽会という設定にすればよいかしら?!などと色々考えたのですが、うまくいかず、とにかくチケットだけは少しずつ売れて、当日を迎えることになりました。
(次回9月28日号掲載に続く)