Reading

おばあちゃま、世界を翔ぶ
〜情熱とコンパッションの半生記〜

New York ビズ!にて連載中
Vol. 86

文楽のお話(2)

初めて破産寸前を経験

筆者が手掛けた「文楽」の米国初公演

チケットはなんとか売れてきたので大丈夫かと思って迎えた公演初日、なんとボックスオフィスで騒動が起きてしまいました。子供を連れたお母さんが激怒して、チケット代を返せと言っています。聞くと「ダブル・スーイサイド(恋物語で自殺が2回)なんてとんでもない! せっかく子供と来たのに!」と言っています。

この時『曾根崎心中(そねざきしんじゅう)』と『俊寛』の2作品を持ってきたのですが、このうち『曾根崎心中』は、『ロミオとジュリエット』のような内容で、恋する二人があの世での再会を誓って自殺するというエンディングなのです。

私はこの時、せっかく文楽を持ってくるのだったら演目も最高のものを持ってこよう!と考え、浄瑠璃の内容など、様々な観点からこの2作品を選びました。『曾根崎心中』の方は、なんと初演が元禄16年7月(1703年8月)という歴史の長い作品で、歌舞伎にもなって流行したものですし、『俊寛』は享保4年(1719年)が初演で、人気があったので、何度も作り直されて様々な流派が公演してきた内容なのです。

可愛い人形劇だと大多数が思い違い

大人が対象の芸術でしたから『ロミオとジュリエット』のようなエンディングはあるわけで、でも可愛い人形劇だと思って小さい子供を連れてきた親が多く、団体で来てしまう学校まであったために、どんな内容かマスメディアに伝わらなかったので伝わるまでの間は、もう本当に大混乱で、大変なことになってしまいました! ちなみに十何年以上してから、ジャパン・ソサエティーにも文楽が来たのですが、その時はもう子供のためのお芝居とは取られなかったようです。たった200人の劇場ですが。

文楽の今井さんは素晴らしい人でしたし、内容は日本びいきの方が観たらすぐに分かる素晴らしさだったので、きちんと内容を分かって観に来た方たちは大喜びでした。

全部で30〜40人の文楽のチームの皆さんはとても素晴らしく、浄瑠璃の音楽は涙が出るような美しさですし、人間国宝の皆さんが3人もいたので大変贅沢な内容でした! でも間違えて子供たちが来てしまって理解されず、チケット代を返せと言われる事態は続き、全部支払いバックしました。どうしたらよいか困り果てる事態になって、結局この公演は大赤字で終わってしまったのです。

この時は本当に辛かったです。色々なことが重なりました。たまたま、どうしても出演料を日本円で払って欲しいと言われていたので借金が大変たくさんできました。ちょうどその年、ニクソンショックやオイルショックが起こり、契約時は1ドル360円だったのが、為替が大きく変動してしまい、280円位まで下がってしまって、ドルで計算した時の支払額が大幅に増えました。当時はスポンサーを立てるとか、広告費をもらうという考え方も浸透しておらず、出費は全部私の会社にのしかかってきました。結局、私の会社はそれを切っ掛けにオフィスをクローズすることになりました。

労働でなく、仲間同士の“仕事”

その後はしばらく一人で一から出直そうと仕事しようと思っていたら、これまで一緒にお仕事をしていた皆さんが、お金なしで手伝いに来てくれました。これには本当に驚きました。「お支払いできないのに」と言うと、「何言ってるの、恩返しじゃないの」と言ってくれました。それで気づきました。私達はworker(労働力)として付き合っていたのではなく、大変厳しかったですが、分かっている人間同士が集まって一緒に仕事をしている仲間だったのでした。そこから少しずつ持ち直していって、やがて大丈夫になりました。

辛くて大変な思い出ですが、でもこの時助けてくださった皆さんの友情もあって、素晴らしい思い出でもあるのです。当時3、4歳だった娘がお人形が大好きだったので楽屋に連れて行ったら本当に喜んでいて、そんなことの方が、今となっては覚えています。(次回は10月5日号掲載)