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おばあちゃま、世界を翔ぶ
〜情熱とコンパッションの半生記〜

New York ビズ!にて連載中
Vol. 97

NYの自宅に不法滞在された話

2年間、自宅に見知らぬ日本人の母娘に居座られる

NYには日本と比べるとちょっと信じられないような法律が色々あります。特に家を借りること、貸すことについては、えっ?とびっくりしてしまうような法律が幾つもあります。その一つが、たとえ家賃を払っていなくても、一定期間(30日間)住み着くと、住んだ人にそこに居座る権利がある、という謎の法律です。これは、大家の側が因縁をつけて罪のない住人を追い出したりしないように、住人を守るために出来た法律なのですが、家賃を払っていなくても、そこにずっと居ただけで、住む権利が発生してしまうというところに難点があります。まさか、このせいで私の身に危険が迫るとは、私は全く予想できませんでした。皆さんにはこんな体験をしてほしくないので、この話を共有したいと思います。

私が国際興業主として忙しく飛び回っていたある時、音楽を勉強しているという日本人のお嬢さんとお母さんが紹介なしでアパートにやってきました。とてもお上品な感じの母娘でしたが、この方達が、住む所が見つからなくて困っていて、私の持っているアパートのどこかに、家に見つかるまでの間泊めてもらえないかというのです。会ったばかりで、私の方が困ってしまいましたが、なんとかお願いできないかと、日本の大使も知っているし、娘はジュリアードで勉強している、と粘り強く頼むのです。私はその時すぐに出張の予定だったので、パスポートも見せてくれないし、留守にするし、無理ですよ、ごめんなさい、とお伝えして一旦この話は終わりました。

日本で仕事をしていると、スタッフから電話が掛かってあの母娘が建物の前に立っていて、泊めてもらえないかと何度も頼んでくるというのです。スタッフが「どこにも行く場所がなくて困っていると言っていて、日本人だからかわいそうだし数日したら出ていくと言っているし良いのじゃないか」と言うので、私は根負けして、数日なら、と言ってしまいました。

出張から帰ってびっくりしました。なんとその母娘がまだいるのです。「XX日だけとおっしゃってましたよね?」と聞きましたが、後少しだけ、家が見つかるまで、と食い下がります。家探しはどうか?と聞いても、探しているが、うんぬん、と逃げられてしまいます。こうして日が立っていくうち、30日がたちました。そしたら31日目から、態度がガラッと変わって、入らない約束の場所も我が家のように使うようになっていきました。

31日目から急に態度が変わり「私にはここにいる権利がある」と言うのです。「警察に言いますよ!」と私が言っても「言いたいなら(警察に)言えばいい」と答えました。この瞬間私はやられた! 最初から分かっていたんだ! と初めて思いました。先ほどの「一定期間居座ると住人に住む権利がある」期間を、その日に超えたのです。これまでの上品な態度が一転、母親は急に恐ろしく横暴になり、娘も一緒になって行動しています。焦りが込みあげてきましたが、時既に遅し。私を押し倒し私は怪我をして病院にも運ばれました。

ここから、私の自宅なのに、文字通り地獄のような日々になりました。もし私が殺されでもしたら、彼らが住む権利を主張して、家が彼らのものになってしまいます。家に大変な費用を出して婦人警官を頼んで、駐在して、婦人警官に身を守ってもらって過ごす日々が始まりました。

裁判も始まりましたが、なかなか有利に進めることができません。私やスタッフが最初に騙されたように、裁判官の前では上品な態度にもどり、色々な嘘の事情を裁判官に話し、のらりくらりとやるので私の主張がなかなか通らないのです。こうして2年もの時が過ぎました。もうそろそろ結審しそうだったのですが、上手く進んでおらず、ああ、これからもこの地獄の日々が続くのか!と絶望していると、ドアが開き、部屋に別の裁判官がスタスタと入ってきました。その裁判官はちらっと私達の顔を見て、その後、私の担当の裁判官になにか耳打ちをしています。ああ、これが運命の変わり目でした。なんと、他の用事で立ち寄っただけのこの裁判官は母娘の前の罪を知っていたのです! この母娘はこれまでも同じ手法で何度も何度も他人の家を渡り歩き、10年以上に渡って自分で家を契約せずにNYに住み着いていたのでした!

海外で暮らし、法律を知らずに生活することが、ときにこんなにも危険なことに至るのかと心底学んだ体験でした。皆さまのNY生活は安心安全であることを願います。